哀しみの演歌と絶望のメタルを聴き漁るブログ

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METALLICAの「ブラック・アルバム」が発表から30周年。

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世界的に有名なヘヴィ・メタルバンド、METALLICAの5枚目のアルバム「METALLICA」、通称「ブラック・アルバム」が、発表から30年・・・ということで、著名ミュージシャンがその楽曲をカバーしたアルバムが出たりとか、いろいろ動きがあるようです。

「動きがあるようです」などというテキトーな言い方をしたのは、まったく興味がないから。私にとっては「だからどうした」というだけの話なんですが、ちょうどいいからMETALLICAの作品について思うことを書いておきましょう。私のブログを読んでくださっている方なら、「ブラックアルバム?クソだな」って私が言うのは予想がつくだろうと思いますが・・・まったくそのとおり。驚くべきことにこの作品に対して「退屈」っていうことを言う人ってすごく少ないんですねえ。まあこういうサウンドを「これがメタルだ」って刷り込まれてしまった世代が現在のメインストリームをつくっているんだろうから仕方ないんでしょうけど。

METALLICAの最高傑作は、誰がなんと言おうと・・・

私がMETALLICAを知ったのは、高校に入学した1985年ころ。中学校のときにIRON MAIDENやJUDAS PRIESTを知ってメタルにハマり、SLAYERを聴いて「スラッシュ・メタル」というものを知ったばかりのころでした。

高校に入って新しいメタル友達もでき、「もっと速くて刺激的なメタルが聴きてえ!」という話を彼にしたとき、彼が「だったらこれを聴け」と貸してくれたカセットテープのひとつが、METALLICAの2ndアルバム「RIDE THE LIGHTNING」だったのです。

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個人的に、ていうかいつもの言い方をするなら、誰が何と言おうと彼らの最高傑作はコレ。

1曲目の激烈スラッシュ曲「Fight Fire With Fire」を聴いた時の衝撃は、SLAYERの「Hell Awaits」を聴いた時と同等、いやそれ以上だったかも。

↑記事にするために久しぶりに聴いたけれども、いやあこれはカッコよすぎる。圧倒的殺傷力のリフ、アグレッシヴかつ冷酷、メロディはないのに耳に残るヴォーカル、ギターソロとそのバックのリフの絡みには、今聴いても体中の毛が逆立ちます。

まだガキでメタル経験値が少なかった私にはもちろんこれは未体験の領域をみせてくれたアルバムでした。こんな曲やってるバンドはほかにいなかったんだからそれも当然。複雑な曲構成っていうのはSLAYERもやっていたけれど、METALLICAの場合はそこそこちゃんとした歌メロがあって、そのうえドラマ性も兼ね備えていた。

 

この「RIDE THE LIGHTNING」で私はすっかりMETALLICAの虜になり、それは次作の「MASTER OF PUPPETS」で決定的になります。

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この3rdアルバムは1986年に発表。私はこれが出たときいて、一刻も早く聴きたくて新宿の輸入盤店にはしり、国内盤が出る前(だったはず)に購入。お店に入ったら、ちょうどこのアルバムが大音量で流れてたんですよ。そのときに聴いたのがこの曲で、「うお~、スゲエ!」と感激して、早く聴かなきゃあ、とダッシュで帰ったのを覚えています。

「RIDE THE LIGHTNING」で叩きつけてくれた強大なアグレッションはそのままに、さらにメロディアスでドラマティックになった「MASTER OF PUPPETS」。個人的には「RIDE THE LIGHTNING」のほうが好きですが、こりゃあ凄いアルバムだ、と聴きまくったアルバム。これをひっさげ、彼らは1986年11月に初来日します。

心の底からシビれた初来日公演

そういえば、80年代ころは、海外ミュージシャンの来日公演のチケット発売の告知は新聞の社会面のいちばん下あたりに白抜きの文字で小さく縦書きの広告が載っていましたねえ。私も学生のころは新聞の社会面は必ずチェックし、これは!というバンドの来日公演の情報をチェックしていたものです(そのせいで、新聞を読むときは本来最後のページである社会面から開く癖がついてしまった)が、そこに「メタリカ」という文字をみつけたときは猛烈に興奮したのを記憶しています。その日の朝学校に着くなり、件のメタル友達に「メタリカ来るぞ!もちろん行くよな?チケット買うぞ!」とまくしたて、一緒に行くことに。

私はメタルバンドのライヴを体験するのはそれが初めてでしたが、METALLICAのTシャツとGジャンに身を包みつつ渋谷公会堂で体験したMETALLICAは、それはもう恐ろしく素晴らしかった。残念ながらそこにはクリフ・バートンはいなかったけれども、とにかくアツく感動的な盛り上がりでした。始まる前から異様な熱気が会場を支配。イントロとして「Ecstacy Of Gold」が流れ(父が西部劇マニアだったからこの曲は聴いたことがあった)ものすごい音量の手拍子が発生、それが終わった瞬間に「Battery」が「デ~ン、デデデ~ン」と始まったときの我々の熱狂ぶりは今も鮮明におぼえています。あの流れを体験しちゃったら、「アルバムもああすればよかったのでは?」って思っちゃうくらい。

 

件の友人は録音機能付きのウォークマンをこっそり持ち込み、ライヴの様子を録音。それを聴きなおしてみると、「Battery」の導入部分は歓声が凄すぎて演奏が良く聞こえないくらいに。私と友人の「ラァァァズ!」とか「ジェェェェェイムズ!」とかいう叫び声ばっかり。

そのカセットテープは、私が借りたまま高校を卒業してしまい、結局返さないままテープはビロビロになって聴けなくなり、いまはもうありません。そのことを友人が忘れてるかどうかわかりませんが、悪いことしたなあ、と。謝りたい。今なら「なんでデジタル化しておかねえんだ!」っていう話ですけどね。どうやらブートレグも出回っているようですが、あのライヴならばブートレグだとわかっていても持っておきたい気持ちになります。

たしか最後には「Damage Inc」と「Fight Fire With Fire」と激走スラッシュ2連発で、もう首がちぎれるかと思ったくらいに首振りまくって、次の日には体中痛くて死にそうに。はじめて体験したライヴがMETALLICAだったということが、私がその後メタルにさらにのめりこむことの一因になったのは間違いないところなのです。メタルってなんて素晴らしいんだ!と心の底から震えた夜でした。

そして80年代後半の私はスラッシュ・メタルにどっぷりとハマり、1988年、METALLICAの4作目「...AND JUSTICE FOR ALL」が発売されたときにも、「おお~METALLICAの新譜だ~!」と血相変えてやっぱり新宿の輸入盤店にはしり、ダブル・ジャケットのLPを入手します。

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しかしここで裏切られる。なんだこりゃあ。音は信じられないくらいスッカスカだし、ただやたらと複雑なだけでちっとも心に迫ってこない、この曲の退屈さはいったいなんなんだ。はっきりいって耳を疑いましたね。メンバー間の確執のせいでベースが聞こえないミックスになったそうであることをあとで知りましたが、それが事実ならどんだけプロ意識がねえんだよと呆れた。初来日公演でメタルの素晴らしさを叩きつけてくれたあのMETALLICAはどこへ・・・?

まあ、前作で成功しちゃったから考えすぎちゃったんだろうな・・・と、「次作に期待」っていうことにしたのです。そして、期待して待っていた5thアルバムが、1991年に発売されます。それがこのほど30周年を迎えた通称「ブラック・アルバム」。大学生となっていた私は、これはCDで入手。それが・・・

90年代のメタルをつまらなくした戦犯的作品

期待して待っていたMETALLICAの5thアルバム。

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80年代に、NWOBHMの影響を漂わせつつ、そこにクランチのきいた超スピードのリフと複雑な曲展開をもちこんで、SLAYERやEXODUSとともに「スラッシュ・メタル」のひとつの雛形をつくりあげたMETALLICA。そのMETALLICAが90年代に入ってその音楽性をガラッと変えて、スピードやアグレッションよりもヘヴィネスといわゆる「グルーヴ」を重視し、複雑な曲展開をやめてシンプルさを旨としたスタイルを明確に打ち出したのがこの「ブラック・アルバム」。

これには驚いた。速い曲ねえのかよ!っていうのもあったし、あまりにシンプルな曲構成は、考えすぎだった「...AND JUSTICE FOR ALL」よりはマシだとしても、そこには(私が考えるところの)ヘヴィ・メタルとしてのダイナミズムはあまり感じられなかった。

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まあ、超絶カッコいいスラッシュ・メタルを聴かせてくれていた、あの素晴らしいMETALLICAの作品だと知らずに聴けば、ハイクオリティなロック・アルバムとして聴けなくもない。曲自体はキャッチーなものが多いし悪くない。のちになんかのアメリカのドラマで「Nothing Else Matters」が流れたのを聴いたときは、ほんといい曲だと思った。しかしそれも、ドラマの挿入歌としてカッコよかったというだけだし、この「ヘヴィさとグルーヴ感」を重視した作風は、それまでのMETALLICAとはあまりにかけ離れていて、私は受け入れられなかった。要は「日和った」としか感じられなかったのです。

それはまるで、求道者のように小細工ナシの真っ向勝負を信条としていた相撲取りが、なにかのきっかけでラクして勝つことをおぼえて、真っ向勝負をやめて立ち合いの変化をしたり小手先のテクニックで勝つスタイルに変わったのをみて失望したときのような、そんなふうな気持ち。

彼らのような才能豊かな人たちに、「同じことをずっとやれ」というのはムリだったのかもしれませんが、私は残念ながら、何十回聴きなおしても、「RIDE THE LIGHTNING」を聴いたときのような心の震えを感じることはなかった。

 

幸か不幸か、これが大ヒットしてしまう。さきほど「メタルとしてのダイナミズムを感じなかった」と言いましたが、これが大ヒットして、猫も杓子もこれをマネして「グルーヴ」メタルをやりだして、「グルーヴ」を重視したサウンドが「メタル」の一般的な姿となっていってしまう。私などに言わせれば、3作目までのMETALLICAがまさに「メタル」だったわけだけれども、このアルバムに影響された人たちには、「ブラック・アルバム」で聴かれるようなサウンドこそが「メタル」というふうに認識され、ヘヴィ・メタルの代名詞的な作品にまでなり、現在に至るまで後続のバンドたちに多大な影響を与えてしまった。

これはヘヴィ・メタルそのものにとっては不幸なことだったんじゃないか。私は、90年代のメタルがつまらなくなったのは、このアルバムのせいであるところが大きいのかな、と思ってます。そのとき流行っていたいわゆる「グランジ」の要素を取り入れれば売れるんだあ・・となってしまった。

 

いやいやいや、歌詞がわからずそのメッセージ性が理解できずとも、音楽理論など知らずとも、なにも考えずに聴いても「カッコいい!」って震えられる・・・っていうのが、メタルという音楽の本質的な魅力というものでしょ。その意味で言うと、4枚目以降のMETALLICAは、「ヘヴィ・メタルバンド」と一般には認知されているとしても、少なくとも私にはメタルとしての魅力が感じられないのです。

 

ともかく、2ndと3rdで大感激した私としては、「ブラック・アルバム」(とそれ以降)はとても受け入れられなかったのです。さっきも書いたように曲は悪くなくて、冷静に聴けばとてもいいアルバム・・・であるのはわかる。しかし、たとえば私が大好きなMANOWARが急にポップな曲をやりだして、その曲がどれだけ素晴らしい曲ばかりだったとしても、私はたぶん「Fxxk off!」って言うと思うんですよ。それと同じ。

6作目「LOAD」以降のMETALLICAの体たらくはみなさんご存じの通り。売れに売れたけれども、私にとってはもう「終わった」存在になっちゃった。だから冒頭に書いたように、ブラックアルバム30周年とか言われても、「あ~そうなんだ。あのときは俺も若くて髪の毛もいっぱいあったなあ~。ラーズがああなるのも仕方ないよなあ~」と時の流れの残酷さを想うだけ。そもそも「○○アルバム何十周年」とか言って過去の遺産で稼ごうというのも、多くのバンドがやっていることとはいえ好きになれない。この記事を最後にもうMETALLICAのことは書かないと思いますが・・・もし奇跡的に、硬派なメタルアルバムをつくってくれたら・・そのときには「すみませんでした」と謝りたい。そんな日はたぶん来ないだろうな。

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